共同組織は健康に“効く”

いつでも元気 2023.1 No.374より転載

健康なまちづくりに必要なものは何か―。
京都大学の近藤尚己教授はさまざまな統計データを分析して、地域の「つながり」が住民の健康に果たす役割を明らかにしてきました。
第15回共同組織活動交流集会in山梨(9月11~12日)の記念講演「貧困・格差による健康問題と共同組織の役割」を編集部でまとめました。

京都大学大学院
医学研究科
社会疫学分野 教授
近藤 尚己

 私は大学で「社会疫学」という分野の研究をしています。どうすればみんなが健康に生きられる社会になるのか、統計データを分析しながら探求する学問です。
 健康に影響を与える要因には、どのようなものがあるでしょうか。個人の年齢や遺伝的な要素、食事や運動などの生活習慣がすぐに思い浮かぶかもしれません。
 でも、個人が生活習慣を身につける背景には、それまでに受けた教育や職業、所得などの社会経済状況が関係しています。また、住宅事情や周囲の交通などの生活環境も重要です。もっと広い視野で見れば、社会全体の経済状況や貧困・格差の問題も深く関わってきます(資料1)。
 私が以前、山梨民医連の診療所で働いていたときのことです。月1回受診する90代の患者さんがいました。私が「お出かけしていますか」と聞くと、「お友達もいないし、交通手段もない。(外へ出るのは)先生に会う時だけだよ」と言われ、とてもショックを受けました。
 医師がいくら「健康のために外出しましょう」「運動しましょう」と言っても、そのような条件がない患者さんには虚しく響くだけです。医師が憩いの場をつくったり、すべての患者さんに付き添ってお出かけするわけにもいきません。
 多くの場合、診察や薬だけでは根本的な治療になりませんが、診療現場ではそれ以上の対応はできません。このような葛藤やジレンマを医師や医療スタッフは常に抱えています。

キーワードは「つながり」

 そこで民医連の共同組織をはじめとして、住民のみなさんの力が必要になってきます。誰もが健康に生きられるまちをつくる上で、重要になるキーワードが「つながり」です。
 お金や健康、自然環境や住環境、文化や教育など、人はさまざまな「資本」に囲まれて生きています。これらの中で最も根源的なものは「つながり資本」(社会関係資本)です。人とのつながりがあってこそ、その他の資本を豊かにふくらませて生きることができます。
 私が医師研修を終えて大学院に入った2022年頃、「山梨県は健康寿命日本一」と言われていました。その背景を探る中で浮かび上がってきたのも、「無尽」など地域のつながりの重要性でした。無尽とは庶民同士の相互扶助的な融資制度で、現在も仲間で集まる習慣が多く残っています。
 山梨県に住む65歳以上の587人を対象に行った追跡調査(2003年~11年)では、楽しみながら活発に「無尽」に参加している人は健康寿命が長いことが分かりました。

長生きの秘訣

 追跡調査の対象を日本全国に広げたプロジェクト「日本老年学的評価研究」(JAGES)を13年から行っています。それによると、さらに興味深いことが明らかになってきました。
 例えばサークルなどの地域活動への参加によって、健康長寿の可能性が18%、長生きの可能性が22%アップしました(資料2)。さらに地域活動の中で役員などを担う高齢者は、通常メンバーより長生きの可能性が12%上昇することも分かりました(資料3)。
 社会的なつながりと健康の関係が、統計データをもとに証明されたわけです。しかし、つながりの大切さを強調するだけでは不十分で、その背景にあるさまざまな要素を探る必要があります。
 資料4は、高齢者の所得と閉じこもりの関係を示したグラフです。所得が低いほど閉じこもりになる割合が高いことが分かります。孤立や“つながりの格差”を生む構造にまで踏み込んで正さないと、みんなが健康になれるまちづくりはできません。
 コロナ禍において、このような視点はますます重要になっていると思います。災害や経済危機などが起きた場合、その被害は社会的に不利な立場の人たちに集中して起こります。健康格差が広がる危機にどう対処するか、さまざまな工夫とアプローチが必要になります。

共同組織活動のヒント

 世界保健機関(WHO)は2008年、「健康の社会的決定要因」に対応するための推奨事項を3つ挙げました。これは共同組織のみなさんの活動にもヒントになると思います。
 1つ目は「生活環境を改善すること」です。今まで述べてきたように、地域を健康にするためには、つながりをつくることが大切です。さらに職場や住環境、自然環境や交通なども考慮に入れる必要があります。
 2つ目は「幅広い連携」です。健康なまちづくりの課題は幅広い領域に及ぶので、1つの組織や部門だけでは解決できません。それぞれが得意な分野で活動を広げながら、有機的に連携しなければなりません。
 3つ目は「健康格差の見える化と評価」です。地域のデータをきめ細かく分析することで、優先すべき地区や対策が見えてきます。さらにその活動がどれだけ効果を上げたかを測定して、ゴールや達成度を共有することも大切です(別項)。
 共同組織はまちと社会の資本です。医療機関にできることは限られていますが、共同組織のみなさんと連携すれば、地域をまるごと健康に近づけることができます。それは医師や医療スタッフの自信と元気にもつながります。
 共同組織のみなさんには、こころが華やぐようなつながりの場をたくさんつくってほしいと思います。できることを持ち寄って、楽しい汗をかきましょう。それが長生きの秘訣です!

地域診断をもとに支援
 日本老年学的評価研究(JAGES)の地域診断をもとに重点地区を決め、研究者が支援している自治体もあります。
 例えば熊本県御船町では、町内を10地区に分けて分析したところ、平坦部よりも中山間部に閉じこもりの高齢者が多いことが明らかになりました。そこで廃校になった小学校を利用して、サロン「ホタルの学校」を月1回開催。給食も出して、賑やかな憩いの場を提供しています。
 長崎県松浦市では、「買い物難民が多い」とされた地区で昼食会を開始。人が集まることで移動販売車が来るようになり、買い物の悩みも解決しました。
 このように地域診断をもとに研究者が支援した自治体は、地域診断を返しただけの自治体よりも男性の地域活動への参加が増えました。さらに男性の死亡率も下がり、その効果は所得に関わらず全ての層に及びました。
 共同組織のみなさんも民医連の院所と協力して、地区ごとの課題の分析から始めてみてはいかがでしょうか。

いつでも元気 2023.1 No.374より転載