転倒予防の知恵 転ばぬ先の杖

いつでも元気 2021.10 No.359より転載


東京健康リハビリテーション
総合研究所所長
日本転倒予防学会理事長
東京大学名誉教授
武藤 芳照(よしてる)

 超高齢社会となった日本。いつまでも元気に自分らしく暮らしたいものです。
 高齢者が転倒すると、大腿骨の骨折や頭の大ケガなどによって入院・手術を要したり、寝たきり・要介護状態になったり、時には命を奪われることさえあります。
 「転ばぬ先の杖」が大切です。備えあれば憂いなし。転倒を予防し、骨折や寝たきりを予防し、健やかで実りある日々を過ごすことができるための知恵をお伝えします。

転倒する原因

 転倒する原因には、大きく分けて次の3つがあります。
(1) 加齢 誰でも年齢を重ねると、筋力や身体機能の低下によって転びやすくなります。若い時にスポーツに励み、体力に自信がある方でも、加齢とともに体力が衰え、視力や聴力、足の裏の感覚も低下してきます。
(2) 病気・薬 病気や障害をもっていたり、そのために薬を多く服用している人の方がより転びやすいことが分かっています。パーキンソン病などの脳神経疾患や眼の病気、骨・関節の障害があったり、高血圧症・高脂血症・糖尿病などで5種類以上の薬を服用している人は、転倒のリスクが高くなります。
(3) 運動不足 運動不足の人は老化に伴う体力低下とあいまって、筋力やバランス能力が衰えているために、より転倒しやすくなります。

転倒予防のコツ

 転倒予防のために、すぐにできる対策をアドバイスします。
(1) 転ばないからだづくり
 「からだづくり」と言っても、フィットネスクラブに通う必要はありません。日々、「こまめにからだをよく動かす」ことです。
 家の中での動作や屋外での移動など、日頃から意識してからだを動かしましょう。「意識が変われば行動が変わる、行動が変われば習慣が変わる」のです。
 それに加えて、(1)ほぼ毎日のストレッチング、(2)週に3日ほど(毎日でなくても良いので)足の筋肉を鍛える運動、(3)天気の良い時には外へ出て正しい姿勢で歩く、の3つを実行してみてください。太陽の光を浴びると皮膚でビタミンDが合成され、骨が丈夫になり筋肉も活性化します。

(2) 転んでも大ケガしない工夫
 転倒は手首や肩の骨折、頭部打撲による頭蓋内出血など、大ケガにつながる危険があります。
 特に高齢者は、誰しも転ぶことを前提に、転んでも大ケガをしない工夫が必要です。
 転びかけたら、逆らわずに自分からうまく転んでしまうことです。前に転びかけたら、両手の荷物を離し、意図的に両手を地面につくようにします(持ったまま転んで大ケガする例が多い)。
 横や後ろに転びかけたら、意識的に手から腕全体で着地するようにしたり、柔道の受け身のように両手ではらう動作を心掛けます。とっさの時にはなかなかできないかもしれませんが、いつも少しだけ意識しておくことが大切でしょう。
(3) 生活環境への対応
 自分や身近な人の転んだ経験から学ぶことが、転倒予防に大いに役立ちます。こういう場所や状況が転びやすいと、あらかじめ用心するからです。
 日本転倒予防学会は、イラストで示した「ぬかづけ」「よいじゅうたく」を合言葉に注意喚起しています。家の中、外出した時、初めて訪れる場所などで、これらを意識しておくことが「転ばぬ先の杖」につながります。
 合言葉は主に家屋の生活環境を想定していますが、病院や介護施設、職場などにも共通して当てはまります。

人生の転倒予防

 転ばないで、大ケガしないで、入院・手術しないで、元気で長生きしたいものです。
 ただ、「転んだらオシマイ!」ではありません。転んで骨折したり、頭に大ケガをしても、適切な治療とリハビリテーション医療を行えば必ず回復できます。
 要は「転んだら起きればいいや」(書家・小畑延子さんの作品)という「人生七転び八起き」のしなやかな精神と姿勢が大切なのです。

転倒予防川柳

 日本転倒予防学会では、毎年「転倒予防川柳」を全国から公募し、優れた作品を表彰(大賞1人、佳作数人)しています。大賞作品を記憶し、時に口ずさむことで、転倒予防に結びつけてください。

執筆者の書籍紹介

口先の 元気に足が 追いつかず     (掛川 二葉、2011年)
コケるのは ギャグだけにして お父さん (奥田 朋美、2012年)
あがらない 年金小遣い つま先が    (石川 芳裕、2013年)
つまずいた 昔は恋で 今段差      (福島 洋子、2014年)
滑り止め つけておきたい 口と足    (佐川 晶子、2015年)
離さない 昔は君で 今は杖       (井深 靖久、2016年)
つまずきは 孫は分数 祖母段差     (青柳 婦美子、2018年)
クラス会 終わって杖の 探し合い    (さごじょう、2019年)
密減らし 増やしたいのは 骨密度    (田村 功、2020年)

いつでも元気 2021.10 No.359より転載